董和先生に聴く

慢性病・老衰の補腎治療(Ⅰ)

聞き手・大浦 純孝社長

 

 お久しぶりです。今回もいろいろな症例とともに、慢性病治療のポイント(こつ)をお聞かせていただけるとのことで、楽しみにしてきました。どうかよろしくお願いします。

董和 こちらこそよろしくお願いいたします。まず一人目の症例は、七十歳代の女性で、二年間も慢性の化膿性炎症で困っておられる方です。今年の五月に中国の故郷に帰った時に友人から「母の左足の親指が原因不明の化膿性炎症を繰り返し起こして、西洋医学の病院へ行っても漢方専門病院へ行っても治りません。何か良い薬はないでしょうか」と相談されました。そこで「苦草植物」という薬草が化膿性炎症に非常に効果があるので、試してみてはどうですかと勧めました。

大浦 「苦草植物」を試されてみて、結果はどうだったのですか。

董和 じつは相談された後、すぐに彼のお母さんと会って舌診することになりました。舌象(舌の状態)を診ると「豆腐舌・豆腐色・ルビー舌」という混合舌象でした。

大浦 今までに聞いたことのない舌の状態ですが、それぞれ説明していただけますか。

董和 これは私が独自に考えた舌象の分析方法です。「豆腐舌」というのは、舌の肉が豆腐のように白くて柔らかい状態で、舌面は湿潤していることが多い。こういう舌象は、気虚(気の不足)陽虚(エネルギー不足)血虚(血の不足)であると捉えます。「豆腐色」は、文字どおり豆腐のように白い舌の色のことで、体に冷えがある証です。「ルビー舌」というのは、舌の肉が赤く、艶々して光沢があり、宝石のルビーのような感じの舌です。舌面は乾燥していて、苔は少ないか、ありません。舌の表面に細かい裂紋(裂けた溝)も出やすくなります。

このような舌象は陰虚内熱(体の潤いが不足してほてりを生じている)と考えます。こうした舌の状態から、この女性は「気血不足・陰陽両虚」と判断しました。これは体内の気血が不足して、潤いとエネルギーが不足している状態といった意味です。この方はその他に、冷たい食物や寒涼性(体を冷やす)の漢方薬を飲むとめまいが起きやすく、普段は汗をかかないということでした。

大浦 「苦草植物」はこのような状態の方に有効なのですか。

董和 気血不足・陰陽両虚では、体力が低下していて炎症を抑える力が弱くなっています。そのため、単に清火解毒(熱を取って毒を除く)作用のある「苦草植物」だけを使ってもあまり効果は期待できません。そこで「陽和湯」という煎じ薬を処方しました。これには熟地黄、鹿角膠、肉桂など、補腎精(生命のエネルギーを補う)のための生薬が多く配合されています。

大浦 それでそのお母さんは良くなったのでしょうか。

董和 はい、大分良くなりました。それまで診てもらっていた医師たちは、親指の化膿性炎症だけを診て、薬を処方していたようです。この女性は気血不足によって炎症を抑える力がありませんでした。これでは漢方薬の清熱解毒薬や新薬の抗生物質をいくら使ってもあまり効果が現われません。こういった病症の場合は、補腎薬(腎機能を強化する薬)を合わせて用いると自然治癒力が高まって、毒(炎症)を体内から外へ追い出してくれます。

慢性の歯茎の炎症

大浦 このような治療法は漢方では「托毒合瘡(たくどくがっそう)」と言いますね。抵抗力を増強して体内の解毒作用を高め、傷口の肉芽形成を促し、傷の治りを早める方法の一つで、なかなか治らない慢性炎症の治療に用いられるのですね。

董和 はい、そうです。次に二人目の症例ですが、それは二年間も歯茎の炎症が治らなくて困っているという方でした。この方は、二年前に歯髄炎(歯の内部の歯髄に炎症が起こる)になり、歯髄を取り除く(俗に、歯の神経を抜く)治療を受けられました。ところがその後、治療した部分の歯茎の炎症が良くなったり悪くなったりを繰り返し、なかなか治りません。普段は自発性の痛みはありませんが、硬いものを噛むと痛みが起こるそうです。また指で歯茎を押すと深部に鈍痛を感じます。いろいろな治療を受けられたようですが、二年経っても歯茎の炎症は治らないということでした。

大浦 どのように対処されたんですか。

董和 この方には歯茎の痛みがないときは補腎作用のある「鹿茸などの生薬」と清火解毒作用のある「苦草植物」を食べるように勧め、歯茎が腫れて痛いときには「仙茅などの生薬」と「苦草植物」を食べるように勧めました。「鹿茸などの生薬」というのは補腎作用のある蚕の成虫(雄蚕蛾)やタツノオトシゴ(海馬)、鹿の幼角(鹿茸)などのほか、補気(気を補う)作用のあるお種人参や黄精(ナルコユリの根茎)などの生薬を組み合わせた漢方系食品です。「仙茅などの生薬」は、仙茅という植物を主材に、肉蓯蓉、山茱萸、肉桂、西洋人参、亀の甲羅など十五種類の生薬を組み合わせた漢方系食品です。これには腎の陰と腎の陽の両方を強化し、さらに腎虚によって上半身に昇っている火(炎症)を抑える働きがあります。

大浦 これは漢方の「引火帰元」という治療法の一つですね。腎虚によって歯茎の炎症()が起こっているときに補腎薬で治療すると炎症()が抑えられますね。上昇した火を腎に戻して炎症を鎮めるのですね。

董和 中国では慢性歯周病の歯痛のことを「虚火牙疼」、または「腎虚牙疼」と言い、急性歯周病の歯痛は「胃火牙疼」「実火牙疼」と言います。急性の歯の痛みには「苦草植物」が適します。

大浦 慢性の歯周病の歯痛にはどのように対処するのでしょうか。

董和 慢性の歯の痛みで食べ物を噛んだとき痛い場合には「鹿茸などの生薬」と「苦草植物」を使います。慢性的に腫れていて軽い痛みがある場合には引火帰元の「仙茅などの生薬」と「苦草植物」をお勧めします。

大浦 この方は「鹿茸などの生薬」と「苦草植物」を食べられて歯茎の炎症はよくなったのですか。

董和 ええ。この二つを食べられたら、間もなく深部の痛みはなくなりました。歯茎の腫れも深いところから徐々に浅いところ(歯周ポケットの辺り)に移ってきました。このように深部の炎症が浅い部位に移動することを漢方では「托瘡生肌」とか「托毒外出」と言います。これは良い兆候です。

この方は二つの漢方系食品を一ヵ月ほど食べ続けた結果、二年にわたって苦しめられた歯茎の炎症が、ほぼ完治しました。

大浦 慢性炎症は、体の自然治癒力の衰えからくるものなので、単なる清熱解毒や抗炎症の治療だけではあまり効果がみられないということですね。

董和 はい。そのような場合には、補腎作用のある生薬を併用しないと効果がありません。このような治療法は多くの慢性病にお勧めできます。こうした組み合わせは喘息、肺気腫、慢性肝炎、慢性腎炎、甲状腺機能低下、リウマチ、潰瘍性大腸炎、慢性蕁麻疹、花粉症、ガンなどにも役立ちます。

慢性病に補腎生薬

大浦 では、補腎生薬に清熱解毒や抗炎症の生薬を併用することが、なぜ多くの病気に適応するのでしょうか。

董和 漢方では腎は「命門」ともいい、生命力の元と考えます。五臓六腑には「陰」と「陽」があり、この陰陽は腎の陰陽に属しています。ですから、腎の陰陽が旺盛になれば五臓六腑の陰陽も旺盛になります。逆に、腎の陰陽が衰弱すると五臓六腑の陰陽も弱ってきます。補腎生薬には腎の陰陽を強化する働きがあり、これはいわば基礎治療に当たります。その上で、清熱解毒の生薬や抗炎症の生薬を使うので、これらがよく効くというわけです。

大浦 そういうことですか。ところで陰と陽について少し説明していただけますか。

董和 中医学では、宇宙の全ての事象は陰と陽の対立する二つの気によってできていると考えています。陰と陽はお互いに対立しながらも、お互いに補い合っています。

人間の陰陽の元()は腎にあります。そのため慢性病で陰陽が消耗すると最終的には「腎虚」になります。これを漢方理論では「久病及腎」と言います。補腎生薬には二つの気(陰陽)の元である腎を強化する働きがあります。腎が元気になれば自ずと自然治癒力が高まって、多くの慢性病の改善に効果が期待できるのです。

大浦 じっさい、補腎生薬の「鹿茸などの生薬」だけで慢性病に対処できるのでしょうか。

董和 補腎生薬は健康維持はもとより、元気で長生きするためや、慢性病の方の体力回復などに役立ちます。ただし病気を治療・回復するためには、その病気の症状を改善する治療薬も必要になります。特に慢性病の場合は、その治療薬と補腎生薬を合わせて用いることが大切です。そうすることで腎気(陰陽の二つの気を合せて腎気という)が旺盛になり、自然治癒力が高まって治療薬の効き目もよくなります。

大浦 やはり薬というものは人の体に作用して、その反応により体に効果が出るものなのですね。

体力が低下している人の場合は薬に対する反応が弱っており、自然治癒力を高めないことには治療効果も出にくいというわけですね。

董和 はい、そうです。私はいつも病気を治療するときには、治療薬と体質改善薬を一緒に用いるようにしています。人間の体質は一人ひとり違いますから、同じ治療薬を飲んでも同じ薬効が出るとは限りません。ですから、急性疾患の場合には、治療薬と体質改善薬を併用し、慢性病の場合は、治療薬と体力低下を改善する薬を併用します。

もし、慢性病の方で病院などから治療薬(西洋薬でも漢方薬でも)が処方されている場合は、その治療薬はそのまま継続して服用し、それに体力低下の改善に役立つ補腎生薬「鹿茸などの生薬」などを併用されることをお勧めします。そうすることで喘息や肺気腫、慢性肝炎、慢性胃腸炎、関節炎など、多くの慢性疾患を早期に改善するのに役立つと思います。

大浦 慢性病の治療には体力低下の改善に役立つ補腎生薬を加えることが大切なのですね。具体的な病気の治療法については次回、うかがいたいと思います。

(つづく)   戻る