董和先生に聴く

慢性病・老衰の補腎治療(Ⅲ)
                                                聞き手・大浦 純孝社長

大浦 最終回は、慢性病と腎虚の関係について教えていただきたいと思います。

董和 はい。40歳を超えたあたりから老眼が出始めたり、歯周病になったり、全身のだるさを感じて体が重たくなったりして、だんだんと老化現象が現われてきます。60歳以上になると、耳鳴りや脱毛、歯のぐらつき、物忘れ、動作の緩慢、足腰のだるさ、歩行困難、性機能減退などの症状がみられるようになります。社会的には55~60歳が定年の時期ですが、まだ老人とは言えません。50歳以上になると若い時と比べて自然治癒力が低下しているので、病気に罹ると治りにくくなってきます。

そのような場合は、その病気の治療薬と「腎」を強化する働きのある補腎生薬を合わせて用いるようにすれば早く良くなります。

大浦 50歳代というのは大きな節目になる年代ですね。最近、東京医歯科大学の藤田紘一郎名誉教授が『50歳からは「炭水化物」をやめなさい』 という本を出されましたが、その中で「人間の体は二つのエンジンで動かされている。50歳未満は糖質をエネルギーとする解糖エンジンがメインで動き、50歳以上は酸素をエネルギーとするミトコンドリアエンジンに切り替わる」と述べられています。メインエンジンが大きく切り替わるのが50歳代からだということですが、中医学ではそれを腎が弱ってくる年代に入ったと捉えているわけですね。ところで、中医学でいうところの腎は、西洋医学でいう腎臓そのものではありませんね。それは、泌尿器系、生殖系、内分泌系、神経系などの機能のほか、心身の調整や免疫力などの働きも含んでいますね。

董和 その通りです。中医学では腎の機能低下を「腎虚」と言います。その症状は、耳鳴り、難聴、めまい、脱毛、白髪、歯のぐらつき、足腰の弱り、頻尿、肩こり、腰痛、関節痛、脱力感、不眠、不安感、無気力・のぼせ、手の平や足の裏のほてり、喉の渇き、精力減退、あるいは手足の冷え、寒がりなど多岐にわたります。また、女性特有の症状としては生理不順、無月経、不妊、流産、早産、未熟児出産などがあります。子どもたちにも若白髪や永久歯が生えないといった腎虚の症状がみられることがあります。

大浦 全国の7歳以上の子ども約15000人を調べた結果、10人に1人の割合で永久歯が生えない子どもがいると発表されています。

董和 ええ。その原因について、中医学では腎虚または先天不足(先天的に発育がよくない)によるものと考えています。

風邪にも補腎生薬

大浦 中医学では「先天不足」とか「腎為先天之本」といった言葉が使われますが、それについて少し説明していただけませんか。

董和  腎は「先天の本」といい、生まれながらにして両親から受け継いだ生命力です。

人の生(生まれ)・長(発育・成長)・壮(発育・成長のピーク)・老 (老衰)・死は、全てこの腎の機能と密接な関係があり、この腎の機能が旺盛であれば健康で長生きできます。

先ほどの若白髪や永久歯が生えないという子どもたちは、腎虚による発育不良が原因と考えられます。このような場合には補腎生薬を用いるのが有効だと思います。

大浦 腎虚は老化現象はもちろんのこと、多くの病気と関連しているのですね。

とくに慢性病は腎虚を改善しないことには、治療薬だけではいかんともしがたいということですね。

董和 はい。腎虚がない場合は、その病気の治療薬だけでも治ります。しかし、腎虚があれば、その治療薬と補腎作用のある生薬を併用しないと効果は期待できません。

大浦 風邪を引いた場合でも同じことが言えるのですか。

董和 ええ。風邪でも腎虚の症状があれば、風邪の治療薬に補腎生薬を組み合わせます。風邪やインフルエンザには漢方系食品の「馬鞭草植物」が有効ですが、腎虚があれば補腎生薬の「鹿茸などの生薬」や「冬虫夏草菌糸体」などを併用しないと効果はあまりみられません。

また、一般的に風邪の初期には漢方薬の「葛根湯」がよく使われますが、これは腎虚の方の風邪にはあまり効きません。そのような場合には、補腎陽(腎の陽気を補い機能を高める)の働きのある「麻黄附子細辛湯」のような漢方薬の方が有効です。

暑がり体質と寒がり体質

大浦 つまり、補腎作用のある生薬は健康維持はもとより、元気で長生きするためや、慢性病の方の体力回復などに役立つというわけですね。ということは、免疫力が低下していて、よく風邪をひくような方にも補腎生薬の「鹿茸などの生薬」や「冬虫夏草菌糸体」などを普段から利用していると予防・改善の効果があるわけですね。ところで、先生が勧められている補腎生薬の「鹿茸などの生薬」はどなたが使われても大丈夫ですか。

董和 いいえ。一口に補腎生薬といっても、それには温性(体を温める)のものや涼性(体を冷やす)のもの、それに平性(温めも冷やしもしない)のものがあります。

先ほどから話に出ている「鹿茸などの生薬」は、“腎陽虚”の方に適するように生薬を組み合わせて作っています。ここで腎陽虚という言葉を使いましたが、じつは腎虚には腎陰虚、腎陽虚、陰陽両虚と、三つの体質があります。ですから腎虚の方は、自分がどの腎虚に当たるのかを判断し、それに役立つものを使っていただかなければなりません。

大浦 そうですか。自分で判断するのは少し難しいかもしれませんが、これら三つの腎虚の特徴というか見分け方と、それに対応する補腎生薬を教えていただけますか。

董和 三つの腎虚の体質はよく似ていて少しわかりにくいのですが、簡単に言いますと、「暑がり体質」か「寒がり体質」かで判断することができます。

大浦 では、まず腎陰虚の見分け方と、それに役立つ補腎生薬から教えていただけますか。

董和 腎陰虚の方は、だいたいが暑がり体質です。腎虚の症状の中でも、特にのぼせ、手足のほてり、足腰のだるさや痛み、歯のぐらつき、小便の出渋り、喉の渇き、耳鳴り、目のかすみ、頭のふらつき、不眠、寝汗、喀血、勃起しやすい、夢精、踵の疼痛、声が出ない、空咳、呼吸困難などの症状があれば腎陰虚と判断します。この場合には補腎陰生薬の「亀版などの生薬」をお勧めします。

大浦 次に、腎陽虚の見分け方と、それに役立つ補腎生薬を教えてください。

董和 腎陽虚の方は、ほとんどが寒がり体質です。腎虚の症状の中で、四肢の冷え(特に下肢に強く現われる)、顔が青白い、顔や下肢に浮腫が出やすい、頻尿、尿が薄くて量が多い、夜間尿、風邪を引きやすい、男性のインポテンツや早漏、女性の不妊や薄くて量の多いおりものなどの症状があれば腎陽虚と判断します。この場合には補腎陽生薬の「鹿茸などの生薬」をお勧めします。

では、最後に腎の陰陽両虚とその補腎生薬を説明しましょう。

陰陽両虚

大浦 腎陰虚と腎陽虚の意味はこれまでの説明で理解できますが、腎の陰陽両虚はわかりにくい概念ですね。何か具体的な処方で説明をしていただけませんか。

董和 これについては六味地黄丸と八味地黄丸という漢方薬で説明したいと思います。

六味地黄丸は六つの生薬の組み合わせからなる漢方薬で、それに温性の二つの生薬(桂皮と附子)を加えたものが八味地黄丸です。一般的に六味地黄丸は腎陰虚に、八味地黄丸は腎陽虚に用いる漢方薬とされているのですが、実はどちらも腎の陰陽両虚の漢方薬です。

大浦 どういうことでしょうか。

董和 少しややこしいのですが、腎の中には陰と陽が存在しており、「互根」(相互に依存し合う)の関係にあります。東洋医学では「陽は陰に根ざし、陰は陽に根ざす」と言われます。ですから、先に陰が損傷しても最後には陽も損傷することになります。また、先に陽が損傷しても最後には陰も損傷することになり、結果としては陰も陽も損傷することになります。つまり「陰陽両虚」です。ただし、陰と陽の損傷の度合いは五分五分に損傷する場合だけでなく、その時々によって陽が勝ったり、陰が勝ったり、どちらかに偏ることがあります。

大浦 「偏る」とはどういうことでしょうか。

董和 同じ陰陽両虚でも、ある場合は腎陰虚の症状が顕著に現われ、ある場合は腎陽虚の症状が顕著に現われたりするということです。

大浦 陰陽両虚でも腎陰虚の症状が顕著な場合には、漢方薬であれば六味地黄丸を使い、漢方系食品では補腎陰生薬の「亀板などの生薬」を摂るのがよいのですね。

董和 そうです。他方、陰陽両虚でも腎陽虚の症状が顕著な場合には漢方薬であれば八味地黄丸を使い、漢方系食品では補腎陽生薬の「鹿茸などの生薬」を摂られることをお勧めします。

「仙茅などの生薬」

大浦 八味地黄丸と六味地黄丸はほとんど同じ生薬で構成されていますが、陰陽両虚の中でも使い分けがあるのですね。

董和 はい。ただし、陰陽両虚の中でも陰と陽が同じくらい損傷している場合は六味地黄丸と八味地黄丸を一緒に使います。

漢方系食品の場合も同じように考えて、補腎陰生薬の「亀板などの生薬」と補腎陽生薬の「鹿茸などの生薬」を合わせて摂られることをお勧めします。

大浦 それはよくわかりますが、一度にたくさん食べられない方もおられます。そういうとき、何か手軽に用いることのできる生薬はありませんか。

董和 それには腎の陰陽両方を補う働きがある漢方系食品「仙茅(せんぼう)などの生薬」をお勧めします。これには補腎陽作用のある生薬(仙茅や肉蓯蓉、山茱萸など)と、補腎陰作用のある生薬(西洋人参や亀の殻、黄精など)が組み合わされています。これを普段から食べていれば弱った腎を改善するのに役立ちます。

胃腸に優しい

大浦 六味地黄丸や八味地黄丸の中には、胃腸障害を引き起こすことの多い地黄という生薬が含まれていますが、先生の作られた補腎陰生薬や補腎陽生薬、陰陽両補生薬にはこれが含まれていないので、胃腸の弱い方でも安心して食べられますね。

董和 ええ。できるだけ胃腸障害を起こすことのない体に優しい生薬を選んで組み合わせています。

大浦 もし、胃腸の弱い方で六味地黄丸を利用されている場合には「亀板などの生薬」と代え、八味地黄丸を利用されている場合には「鹿茸などの生薬」と代えることができるのですね。

董和 はい。腎が陰陽両虚になった場合でも、腎の陰と陽のどちらかが、より損傷していることもありますし、また腎の陰と陽が同じように損傷している場合もあります。つまり陰陽両虚の場合、暑がり体質でもあり寒がり体質でもあり、両方の体質を持っています。

大浦 やはり腎陰虚とか腎陽虚とかいっても、絶対的なものではなく、その時によってお互いに転化するものですね。そのため健康管理には、暑がり体質だと感じる時は腎陰虚と判断し、六味地黄丸または補腎陰生薬の「亀板などの生薬」を利用し、また寒がり体質だと感じる時は腎陽虚と判断し、八味地黄丸または補腎陽生薬の「鹿茸などの生薬」を利用するとよいわけですね。

そして、暑さにも寒さにも弱い陰陽両虚の方は「仙茅などの生薬」を使用していただくといいのですね。

董和 そうです。例えば、慢性の歯周病の場合には「苦草植物」を基本の改善薬として、暑がり体質の方は「亀板などの生薬」を、寒がり体質の方は「鹿茸などの生薬」を、暑さにも寒さにも弱い方は「仙茅などの生薬」を併用されることをお勧めします。前回にお話しましたが、急性疾患には治療薬だけでもいいのですが、慢性病の場合には治療薬とそれぞれの体質に合った補腎生薬を併用することが重要であり、それが治癒への近道となります。

大浦 基本的に健康は自分で管理するもので、現在の状況に適したものを選んで食べて健康になれば、嬉しいことですね。慢性病というのは現代医学では治療の対象外になってしまいます。その点、漢方の考え方を導入すれば道が開けるような気がします。

本日はどうもありがとうございました。

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