董和先生に聴く
ウツ病・自律神経失調症(Ⅰ)
聞き手:大浦純孝 社長


大浦 世界的にウツ病が増えており、日本人は約六%がかかっているといわれます。そこで今回の対談ではウツ病を中心におうかがいしようと思います。漢方ではウツ病はどのように捉えられていますか。

董和
 漢方には「郁(うつ)証」というのはありますが、日本でいう「ウツ病」はありません。私も日本に来た当初は、ウツ病というのは郁証のことだと思っていました。中医師の中には、ウツ病というと郁証のことと思っている人もいます。

大浦
 はじめに郁証の方から説明していただこうと思います。郁証というのはどのような病気ですか。

董和
 これは日本の病名でいえば自律神経失調症に相当します。

大浦
 どのような症状がありますか。

董和
 大きく二つに分けられます。一つは憂鬱や不安感に満ち、怒りやすかったり泣きやすいなど情緒の変化が激しいこと。
ただ、程度はウツ病ほどひどくはない。もう一つは胸腹膨満、食欲不振、吐き気、ノドの異物感など消化器中心の症状、あるいは不眠、冷えのぼせ等です。

大浦
 いわゆる不定愁訴ですね。

董和
 ええ。日本心身医学会でも自律神経失調症は「種々の自律神経系の不定愁訴を有し、しかも臨床検査では器質的病変が認められず、かつ顕著な精神障害のないもの」と暫定的に定義されています。


ストレスが原因

大浦 はっきりとした病気とはいえないような病気ですね。

董和
 現在、医学会でも独立した病気として認めていない医師もいます。いろいろ検査しても原因がわからないとき、とりあえず自律神経失調症とつけられることがよくあります。

大浦
 原因は何でしょうか。

董和
 ストレスの影響が大きい。私たちの体は、精神的ストレスばかりでなく気温の変化など、外界からの多くの刺激に対して、体内の状態を一定に保とうとする働き(生体恒常性、ホメオスタシス)があります。この働きの中心を担っているのが自律神経系で、血管の収縮・弛緩やホルモンの分泌、免疫の働きなど、さまざまな働きを調整しています。

大浦
 ストレスは精神的なものだけではなく、気温や湿度の変化、化学物質、その也さまざまなものがあります。

董和
 自律神経失調症はこうした外からの刺激に対して、体を守ろうと自律神経が防御反応を起こして発症するものと考えられます。

大浦 自律神経には交感神経と副交感神経がありますね。

董和
 この相反する働きをする二つの神経が互いに綱引きをしながら働いて、体のバランスをとっています。ところがストレスが長くつづくと、双方のバランスが崩れてさまざまな症状が出ます。
これが自律神経失調症です。自律神経は全身の器官をコントロールしているので、その失調の影響は全身に及びます。


男性にもある?


大浦 自律神経失調症になりやすい性格や体質がありますか。

董和
 あります。
真面目で責任感の強い人、几帳面で心配性の人、内向的な人などはストレスの影響を受けやすいので、かかりやすいといえます。体質的には冷え症、低血圧、虚弱体質、痩せている人などが要注意です。

大浦
 女性では閉経後に自律神経失調症状を訴える人が多くいます。

董和
 これはホルモンの変調が影響を与えるためで、更年期障害は自律神経失調症の一種です。また、思春期や出産後などもホルモンの変調を来たしやすいので、注意が必要です。

大浦
 男性には更年期障害はありませんか。

董和
 最近は男性にもみられるようです。四十代後半くらいから男性ホルモンの減少によって自律神経のバランスが乱れ、めまい、吐き気、体力低下などを訴える人が増えてきます。

大浦
 以前に、先生は、自律神経の基本は副交感神経の方だと言われました。女性は副交感神経の優位な人が多いですが、このことは関係ありませんか。
副交感神経が優位すぎると過度に敏感になるため、気にしなくてもいいようなことまで気にして、ストレスをため込みがちになります。ただ、副交感神経が適度に優位であることは様々な生活習慣病を予防し、長生きにつながるので、これが女性の長生きに影響しているものと思います。適度に優位であるうちは健康的ですが、過度に優位になると病的になるわけですね。

董和
 副交感神経は自律神経のりーダーです。交感神経が興奮しても、副交感神経がしっかりしていれば、バランスが崩れることはありません。車でいえば、交感神経はアクセルで、副交感神経はブレーキです。
ブレーキが壊れた車は暴走しかねません。そういう意味で、副交感神経をしっかりさせておくことは大切です。


「郁証」の漢方

大浦 次に、郁証に対する漢方の考え方について教えてください。

董和 郁証については古くから漢方の書物に記載されています。
日本では病気の原因として、よく血の流れの悪いことが問題にされますが、漢方では郁証は「気」の流れが滞ったために起こると考えています。ストレスや情緒の変化によって、体内の気の流れが乱れた結果です。
『丹渓心法・六郁』という書には「気血沖和、万病不生、一有怫郁、諸病生焉」(気血のめぐりが良ければ病いは生じない。しかし郁があれば諸病が生じる)とあります。つまり、病いは郁から生じるというのです。

大浦
 その大きな原因がストレスということですね。

董和
 ええ。『霊枢・口問』という書に「悲哀愁憂則心動、心動則五臓六腑皆揺」とあります。悲しみ、憂い、嘆きなどの沈んだ心は「心」(精神機能)を乱します。「心」が乱れると五臓六腑がみな不調和を来たすと教えています。

大浦
 郁(うつ)をもう少し、わかりやすく説明していただくと…。

董和
 「郁」という字は、通らない、流れない、あるいは滞る、たまるといった意味です。まず滞るのは「気」です(気郁)。
気郁が続くと、血が流れなくなったり、水分の代謝が狂ったり、熱が出たり、消化に支障が出たりと、いろいろな症状が出るようになります。これらはそれぞれ血郁、痰郁、湿郁、熱郁、食郁といい、はじめの気郁と合わせて「六郁」と呼ばれます。どの郁証も起こりえますが、一番先に現われるのは気郁です。
他の郁証が起こる場合は気郁に続いて起こります(どの郁証が現われるかは、その人の体質や環境などによります)。

大浦
 気郁と関係が深い臓器は?

董和
 それは肝臓です。肝臓はリラックスの臓器です。
五行説では「肝」は「木」に配当されています。木は根を張り、枝を伸ばして、のびのびと育ち、リラックスの象徴です。逆に、狭いところでは自由に体を伸ばすことができず、のびのびできません。肝気が滞ると、脇腹が苦しい、お腹が張る、食欲低下などのほかに、怒りやすい、イライラする、感情の変化が激しいなど精神的な症状も現われます。
これはまさに自律神経失調症の症状です。


「肝」の働き

・血を蔵す(栄養分の分解合成貯蓄・自律神経を通じた血流調整)

・疏泄を主る(精神情緒の安定・自律神経系を介した機能調節)

・筋を主る   (運動神経系の調節)

・目に開竅し、華は爪にある  (視覚系の調節・爪の栄養)


「郁証」の治療

大浦 治療はどのように行なわれるのでしょうか。

董和
 大きく実証と虚証に分けて行なわれます。実証の方には主に「疏肝理気」、つまり肝の気のめぐりを良くし、精神の安定を図ることを第一の目標にしますが、さらに必要に応じて行血(血のめぐりを良くする)化痰(体にたまった水分の除去)清熱(熱をとる)消食(消化吸収を促す)などの方法も取ります。
『素問・六元正紀大論篇』という書には「木郁達之」と記されています。郁証が浅いときは木(気)郁です。このとき適するのが「疏肝理気」の法であるというのです。

大浦
 漢方では、どのような薬が用いられますか。

董和
 『医方論』という書に「あらゆる郁の病いは必ず気郁から始まる。気が流れていれば郁の病いはない」とあり、「越鞠丸」という処方が記載されています。これは気郁の薬ですが、血郁、痰郁、湿郁、熱郁、食郁、いずれにも使えます。

大浦
 日本の漢方では使われないようですが、何が入っているのですか。

董和
 川芎(セリ科センキュウの根)蒼朮(キク科オケラの根)香附子(カヤツリグサ科ハマスゲの塊茎)山梔子(クチナシの実)神麹(数種類の生薬を混和し発酵させたもの)の五つです。越鞠丸は六つの郁証すべてに使えます。

大浦
 それぞれ、どのような働きがあるのですか。

董和
 川芎は血の流れを良くし、蒼朮は痰、湿を取ります。香附子は気の流れを良くし、山梔子は熱を冷まし、神麹は消化吸収機能を高め、痰にも効きます。六郁すべてに効くものが入っています。

大浦
 次回より、実際の治療法といいますか、漢方薬ではなく食品による対応策を説明していただくわけですが、かいつまんで言うとどうなりますか。

董和
 実証と虚証に分けて治療することは先に言いました。郁証では実証、虚証それぞれに三つのタイプがありますが、大まかにいいますと、実証は概して抑うつや情緒不安定、あるいは消化器症状が目立ちます。これらに共通して良い食べ物は「唐橘」と「穿山薯蕷(せんざんしょよ)」です。
唐橘は漢方では枳実(きじつ)といい、未熟橙の果実です。
穿山薯蕷(せんざんしょよ)は穿山龍ともいい、野生ヤマイモの一種です。実証の郁証にはこういうものをおすすめします。

大浦
 虚証の郁証には?

董和
 これにも三タイプがありますが、大きく「冷えの虚証」と「熱性の虚証」に分けられます。前者には南五加皮、熊柳、冬虫夏草などが、また後者には亀の殻、アカラフマなどがおすすめの食品です。

大浦
 詳しい分類、対処法については次回ということで…。

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