董和先生に聴く
不眠症の対策(上)
聞き手:大浦純孝 社長

大浦 現代人はさまざまな睡眠の悩みを抱えています。年をとると寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりします。これは生理的なものなのでしょうか。

董和
 そうとばかりは言えません。加齢の問題もありますが、自律神経や生体リズムの問題、また病気が絡んでいることもあります。総合的に考える必要があると思います。

大浦
 年をとると、人によっては朝起きるのが遅くなることがあります。それにつれて夜寝るのも遅くなります。こうして悪循環をくり返す。朝早く起きれば、朝日を浴びて生体リズムが整い、ホルモンの分泌も良くなると思うのですが…。

董和
 人の眠りには一定のリズムがあります。眠りにつくと、まずはじめに深い眠り(ノンレム睡眠)が現われます。これにつづいて浅い眠り(レム睡眠)がやってきます。次に、またノンレム睡眠がきてレム睡眠がくるという風に、ノンレム睡眠とレム睡眠を一つのサイクル(約九〇分)として、これを一晩に四~五回くり返して、朝、目覚めます。

大浦
ノンレム睡眠のときとレム睡眠のときでは、体の中はどのような違いがありますか。

董和
ノンレム睡眠は脳が休息しているときで、この間は夢をほとんど見ません。一方、レム睡眠は体が休息しているときです。しかし脳は働いています。レム睡眠は目覚めの準備段階とされ、このとき目覚めると気分よく起きることができます。

大浦
 人は睡眠なしで生きていくことはできませんね。西原克成先生は、病気のときは大人でも八~九時間ほど寝た方がいいと言われています。

董和
 このように睡眠は二つのパターンで構成されています。
これにより肉体と脳との休息が行なわれ、心身ともに疲れが回復されます。また睡眠中はさまざまなホルモンが分泌されたり、皮膚・筋肉・骨などの新陳代謝も行なわれます。私たちは睡眠なしで健康を保つことはできません。

大浦
 不眠の原因としては、どのようなものが多いですか。

董和
 大きく分けて二つあります。最も多いのは、日常生活上の悩み、心配事などのストレスが原因となる不眠で、神経質性不眠あるいは精神生理性不眠といわれます。

大浦
 もう一つは?

董和
 これも近年増えていますが、心の病気、特にウツ病に伴う不眠です。ウツ病の身体症状のうち最もよく見られるのが不眠です。ウツ病患者の90%に不眠がみられるそうです。

大浦
 他にはありませんか。

董和 そのほか、睡眠時無呼吸症候群、ムズムズ脚症候群、睡眠相後退症候群、飲酒に伴う不眠などもあります。

漢方から見た不眠

大浦 以上は現代医学的にみた不眠症ですが、漢方では不眠症はどのように考えられているのでしょうか。

董和
 大まかに言いますと「陰陽の不調和」ということになります。東洋医学は物事を大きく陰陽に分けて考えます。体の陰陽が調和していれば健康ですが、これが不調和になると病気になります。

大浦
 不眠症について、具体的に説明していただけますか。

董和
 以前に、陽(気)は体を循環しており、朝、経絡を通って体の表面に出てきて、夜は体の中に入っていくと言いました。陰(血)は体の中に貯えられています。漢方では、夜になって、外の陽気が体の中に入ってきて、体内の陰血と合わさると睡眠が生じる。そして朝になって、陽気が外に出ていくと目覚める、と考えています。

大浦
 年をとると寝つけなくなったり、眠りの質が悪くなったりするのは?

董和
 陽気が弱ってくるからです。また陰と陽の結合力も弱ってきます。要するに、体を正常に保っておく力が衰えてくるからと考えています。

大浦
 以前、先生から「陰陽分離」ということを聞きましたが、これと関係ありますか。

董和
 漢方で、陰陽分離というときは、人が死ぬ一歩手前の状態(あるいは死)を意味します。通常、体調が良くないのは陰あるいは陽の過不足(バランスの崩れ)によるものが多いのです。ですから、夜、体の中で陰と陽がしっかり結合できれば、安眠できます。

大浦
 では、陰陽の結合を良くするにはどのようにすればよいですか。

董和
 残念ながら、一つのもので陰陽の結合を良くするというものはありません。ひとつひとつ原因を探し出し、それを取り除いて、陰陽の結合を良くしていくしかありません。

大浦
 漢方的に、最も大きな原因とされるのは何でしょうか。

董和
 漢方では「神不安、則不寝」といい、「神」が不安定になると眠れないとしています。「神」というのは、広義には姿形、顔色、眼光、語勢など体の外に現われる生命現象を指しますが、狭義には意識、思考、思惟などの高次神経機能を指します。こうした「神」の働きが乱れると眠れないというのです。

大浦
 不安定な心を安んじるものはありませんか。

董和 酸棗仁(さねぶとなつめ)栢子仁(コノテガシワの種)遠志(イトヒメハギの根)などが安神の助けになります。
大浦 心を安らかにし、体をリラックスさせるということですか。
董和 そうです。ただ、心を安んじる助けにはなりますが、これだけで不眠症を解決することはできません。

不眠の成り立ち

大浦 となると、やはり不眠症も実証と虚証にわけて弁証論治する(対策を講じる)わけですか。

董和
 ええ。実証の不眠は痰、熱、食滞などによって「神」が不安定になり、眠れなくなるもの。虚証の不眠は栄血(血液)の不足により「神」が補われず、不安定になるので眠れなくなるとされています。

大浦
 漢方では不眠の成り立ちをどのように考えていますか。

董和
 大きく五つほどの機序に分けられています。
一つ目は、①「過度思慮、内傷心脾」です。過度の思い煩いで、陰血(うるおい)を消耗し、脾(消化吸収機能)が低下し、気血が不足し、「神」が影響を受けて不眠になるものです。大元の原因はストレスです。
二番目は、②「陽不交陰、心腎不交」です。これは少し難しいですが、漢方には「心の熱は下がって、腎の水を温める。腎の水は上にあがって心の熱を抑える」という理論があります。

大浦
 火と水の関係ですね。

董和
 そうです。心(火)と腎(水)がお互いに働きかけ、心が熱くなりすぎないように、また腎が冷えすぎないようにバランスをとっています。これが順調に働いている場合は、心腎相交、水火相済、水火既済といいます。

大浦
 このバランスが崩れるので眠れなくなる?

董和 そうです。このバランスが崩れると、腎の水が上にあがって心の熱を抑えることができないので、冷えのぼせなどが起こります。こうした状態を心腎不交、水火不済といいます。

大浦
 更年期の女性には、よく冷えのぼせが起こりますね。

董和
 これにも心腎不交が関係していると思います。体の上の方が熱くなるので、イライラして眠れなくなります。

大浦
 三番目は?

董和
 ③「陰虚火旺、肝陽擾動(じょうどう)」です。
これはストレスで肝臓がリラックスできず気の流れがウッ滞し(肝鬱気滞)、これが長く続いたために体の中に熱(内火)を持った状態です。また、陰虚(うるおい不足)で陽(熱)が過剰になり、これが上に昇って心の陰血を消耗し、不眠を起こします。

大浦
 病名でいうと、どのような病気の人がこれに属しますか。

董和
 よく起こるのは高血圧の人です。高血圧の人は下半身が弱っており、熱が上に上がって行きます。そのため赤ら顔で、頭痛、耳鳴り、めまいなどを起こしやすいのです。
大浦 四番目は?

董和 ④「心虚胆怯(たんきょう)、心神不安」です。これは気が小さい人などが、物事に対して決断できないとか恐怖感が強いときに、「神」が不安になり眠れないものです。

大浦
 最後の五番目は?

董和
 ⑤「胃気不和、夜臥不安」です。食べすぎや飲みすぎなど飲食の不節制で消化不良を起こし、これが停滞して胃腸が痰熱を生じ、これが「神」を攪乱して不眠を起こすものです。

大浦
 食べ過ぎると寝つけないし、安眠できないのはこれですね。

実証の不眠の治療

大浦 不眠の漢方を一通り説明していただきましたので、次にその治療法について教えてください。はじめに実証の不眠についてお願いします。

董和
 実証の不眠は大きく三つのタイプ(証)に分かれます。

大浦 一つ目は?

董和
 〔1〕「肝鬱化火の証」です。これはストレスなどが原因で、肝気が滞り(鬱結)、熱を持ち(化火)、これが神(心)を乱し不眠を起こすものです。この証の共通点として、尿の色が赤黄色、便秘がち、舌が赤く、苔は黄色のほか、
 ・口が乾き、水をよく飲む
 ・イライラする、怒りっぽい
 ・目が赤い、口が苦い
などの症状が見られます。このタイプは漢方薬では「龍胆瀉肝湯」を加減して治療します。

大浦
 食品ではどのようなものがよいでしょうか。

董和
 お勧めしたいのは、アカラフマ、イチョウ葉、天竹黄、霊芝などです。これに亀の殻、スッポンの殻、真珠など、鎮静作用のあるものを合わせるといっそう良いです。

大浦
 二番目のタイプは?

董和
 〔2〕「痰熱内攪の証」です。このタイプの人は、周りの音に大変敏感で、ちょっとの音で睡眠中によく目を覚まします。また自律神経失調があり、動悸、めまい、頭重、あるいはイライラする、ビクビクするとか、口が苦い、悪心(むかつき)などの症状がみられます。

大浦
 胃腸症状はありませんか。

董和
 食べ過ぎて食滞(消化不良)を起こしたようなときは、悪心、曖気(ゲップ)、胸や腹の飽満感などがあります。そして、このタイプは舌に白~黄色の苔が多く、ネバネバしています。

大浦
 漢方薬ではどのような処方が用いられますか。

董和
 このタイプに用いられるのは「竹茹温胆湯」です。

大浦
 食品で代用できるものはありませんか。

董和
 野生イモの一種(穿山薯蕷(せんざんしょよ))で代用できます。これの方が簡単ですし、応用範囲も広いです。

大浦
 他に加えるとすれば?

董和
 食滞の症状(悪心、曖気、お腹の飽満感など)があるときは、唐橘(夏ミカン)を一緒に摂るとよいです。

大浦
 三つ目のタイプは?

董和
 〔3〕「瘀血阻胸の証」です。症状としては不眠のほかに、頭痛、胸痛、イライラする、動悸などがみられます。また、夕方~夜に潮熱(一日のうち一定の時間に出る熱)が出やすいという特徴があります。

大浦
 漢方薬ではどんな処方が使われますか。

董和 最近、日本でも使われるようになりましたが「血府逐瘀湯」という処方が用いられます。これは桃紅四物湯と四逆散と牛膝、桔梗を合わせた複雑な処方です。

大浦
 食品で手軽に対処できるものはありませんか。

董和
 私はアカラフマ、イチョウ葉、田七人参、ウコン、紅花などをすすめています。この方が簡単です。これに南五加皮、サフランを加えるといっそう良いです。

大浦
 以上で実証の不眠症は終りですね。虚証の不眠症については次回説明していただこうと思います。

(続)