董和先生に聴く
聖なる薬草「馬鞭草」(上)
聞き手:大浦純孝 社長


大浦  鳥インフルエンザウイルスが変異して人に感染する新型インフルエンザの流行が近いのではないかと恐れられていますが、漢方にはインフルエンザに対処する何かよい方法があるのでしょうか。

董和 新型インフルエンザが流行した場合、現代医学では効果的な予防、治療法はないといわれています。漢方でも残念ながら、インフルエンザに対する的確な対処法はありません。

大浦 ところが中国には、インフルエンザに対して有効とされる薬草があるそうですね。今回はそれについてお話しいただこうと思います。

董和 それは馬鞭草(ばべんそう)といいます。野生で、中国では普通に見られる植物ですが、インフルエンザばかりでなくいろいろな病気にも用いられ、応用範囲の広い薬草です。


「半表半裏」の病い

大浦  馬鞭草については後ほど詳しく紹介していただくことにして、インフルエンザを漢方的にはどうとらえるのか、その辺から説明していただけませんか。

董和  漢方では、病いをその部位によって大きく三つに分けています。普通のカゼのように微熱や軽い寒気があるという場合は、病いが体の浅いところ(体表)にあるという意味で「表証」といいます。一方、高熱だけ(寒気はない)という場合は、病いが体の深いところにあるとされ、「裏証」といいます。

大浦  しかし、ひどいカゼやインフルエンザでは高熱が出たり、強い寒気(悪寒)がしたりしますね。

董和  このように高熱と悪寒が同時にある病症は「半表半裏の証」(表と裏の中間)といいます。これはインフルエンザやマラリア、その他の伝染病でよく見られます。そして高熱と悪寒をくり返す場合は、特に「寒熱往来」とよびます。

大浦  表証、半表半裏の証、裏証では、治療法はどのように違いますか。

董和  普通のカゼ(表証)であれば、熊柳植物あるいは人参木植物などを食べて、温かくして寝て汗をかけば、大体治ります。ただし、これは半表半裏の証には効きません。

大浦  裏証には、どのようなものがよいですか。

董和 漢方薬草では板藍根(ばんらんこん=藍染めに使う植物の根)蒲公英(ほこうえい=タンポポの根)などをおすすめします。これらには清熱・解毒作用があるので裏証の熱には効きますが、発汗作用がないため表証のカゼや半表半裏の証には効きません。


柴胡剤の働き

大浦 では、半表半裏の証には何が良いのでしょうか。

董和 漢方の伝統的な半表半裏の証の薬は柴胡(さいこ)剤です。日本ではミシマサイコが主に用いられるようですが、柴胡を含む処方には小柴胡湯、四逆散、加味逍遥散、柴胡桂枝湯などがあります。

大浦 柴胡剤はどのような症状に効果があるのでしょうか。

董和 風邪による発熱、胃腸障害による胸脇部の苦しさ、腹痛や下痢、マラリア感染、あるいは精神的にイライラするときなどに用いられます。

大浦 では、柴胡剤があればインフルエンザは大丈夫なのでしょうか。

董和 インフルエンザは高熱と悪寒がありますから半表半裏の証に属しますが、これを柴胡剤だけで治すのは難しいです。

大浦 それはなぜでしょうか。

董和 柴胡は熱邪に効く生薬ですから、高熱には効果を発揮します。しかし、インフルエンザは熱邪だけでなく湿邪も含んでおり、これが結合して「湿熱」という混合型の邪気になっています。こうなると柴胡剤だけでは治すのが難しくなります。

大浦 要するに、インフルエンザは風・湿・熱、三つの邪気によって起こるということですね。

董和 ええ。ところが、病気が長くなると風の邪気は抑えられますが、残った湿と熱の邪気が互いに結合します。そして、これが長く体内に停滞する(その部位が「半表半裏」)と「毒」を産生します。こうして毒を産生する過程を漢方では「湿熱蘊毒」と呼んでいます。

大浦 その毒というのはどのようなものでしょうか。

董和 インフルエンザの初期には悪寒や高熱、筋肉痛などの症状が出ます。これらは湿と熱の邪気によって起こります。しかし、病気が長引くと肺炎や脳炎を起こすことがあります。これはその毒が原因とされています。ですから、インフルエンザでは熱・湿・毒の症状が現われます。

大浦 熱邪だけなら柴胡剤でよくなるわけですが、湿邪があるとインフルエンザの症状が長引くことになります。この湿邪があるかないかを見分けるには、どうすればよいでしょうか。

董和 それには二通りあります。一つはカゼ薬を飲んで発汗、解熱して熱が下がっても、まもなく再び発熱し、それも午前中より午後の方が熱が高い場合。または病状が長引き、すっきりと治らない場合です。こういうときは湿邪が潜んでいます。湿熱の邪気にはネバネバの性質があるので、体から簡単に除去できないのです。

大浦 湿邪を見つけるもう一つの方法はどのような方法でしょうか。

董和 舌を見てください。ネバネバの苔があります。これは湿邪の特徴です。このネバネバの苔がなくならなければ、病気はよくなりません。病気が治ればネバネバ苔は自然に消えます。

大浦 柴胡剤は熱邪には効くということでしたが、湿熱蘊毒に対してはどうでしょうか。

董和 これには効きません。したがって柴胡剤はインフルエンザには効果が少ないといえます。


「聖なる薬草」

大浦 そこで馬鞭草の登場となるわけですね。

董和 そうです。これは半表半裏に溜まっている湿・熱・毒、全てに効果があります。柴胡と同じく解熱作用がありますし、水毒を排出したり、熱毒を除く働きもあり、インフルエンザにはかなりの効果が期待できます。

大浦 それでは、その馬鞭草について説明をお願いします。

董和 馬鞭草はクマツヅラ科クマツヅラ属の多年生の植物です。西洋ではバーベナ(Verbena=祭壇を飾る草の意)とかバーベイン(Vervain)と呼ばれ、ハーブの一種です。

大浦 古くから使われている植物なのですか。

董和 馬鞭草に関する言い伝えは、昔からたくさんあります。西洋では、キリストが磔刑に処せられたとき、十字架の下に生えていて出血を止めたという伝説があるそうです。そのため「十字架の薬草」「聖なる薬草」とも呼ばれます。古くから不思議な力を持つハーブとして尊重されているということです。

大浦 東洋ではいかがでしょうか。

董和 神秘的な効能を持つ薬草と考えられ、魔除け、病いよけ、ヘビに咬まれないためのお守りとされたり、予言や呪術の力を高める目的で使われたり、媚薬として用いられたりもしたそうです。魔力と結びついた草で、魔除けばかりでなく、人間に魔力を与える草ともいわれています。

大浦 何か、例があるでしょうか。

董和 例えば、結婚式の朝に、この草を花嫁が摘んでブーケに混ぜておくと、夫の貞節と永遠の愛を手に入れることができるという言い伝えがあります。また、馬鞭草を手の中ですりつぶすと手が温もってきます。その手で別の人の手を握ると、その人はたちまち相手の人を恋い焦がれるようになるなど、さまざまな言い伝えがあります。

大浦 世界各地で用いられているのでしょうか。

董和 はい。世界の各地で、ノドによい、消化に良い、傷によい、カゼによい、婦人病によい、あるいはストレスを和らげる、リラックスする等、いろいろといわれています。


馬鞭草の効能

大浦 それでは馬鞭草の効能について、少し詳しく教えてください。

董和 馬鞭草は中国でも古くから民間薬として有名な薬草です。

大浦 民間薬としては、どのような効能がいわれているのでしょうか。

董和 解熱、解毒、利水、散瘀血(血の固まりを散らし血流を良くする)などの効能があります。

大浦 適応する症状も多そうですね。

董和 ええ。カゼ、インフルエンザ、ノドの痛み、ジフテリアなどの呼吸器系の疾患をはじめ、頭痛、歯痛、下痢、黄疸、浮腫、腹水、そして婦人の月経困難や下腹部の塊、乳腺炎、膀胱炎、さらに結石、皮膚のできものなど多岐にわたっています。また、マラリアには特効的に効くといわれています。

大浦 副作用はありませんね。

董和 大丈夫です。毒も副作用もなく、優れた効果のある民間薬として昔から用いられています。

大浦 最近、なにか新しい使われ方があるのでしょうか。

董和 最近では美容関係にも利用されるようになってきました。美肌、美白効果、また美足効果があるといわれ、馬鞭草を主材にした美容健康食品も多く登場してきました。

大浦 美足効果というのは?

董和 中国では、馬鞭草を煎じて飲むと足の浮腫(むくみ)が取れ、足が細く美しくなるといわれています。


表証から裏証まで

大浦 では、漢方生薬としては、馬鞭草はどのような効能があるのでしょうか。

董和 『中薬大事典』では、馬鞭草の効能は「清熱(体の熱を取る)解毒し、血を活かし瘀を散らす(滞った血を散じ血流を良くする)。水を利し腫れを消す(余分な水分の排出を促し、むくみを取る)…」などとなっています。

大浦 適応する疾患としては、どのようなものが挙がっているのでしょうか。

董和 外感発熱、湿熱黄疸、水腫、痢疾、マラリア・白喉(ジフテリア)、喉痺(喉が腫れ食物が通らない)、淋病、無月経、癥瘕(腹中の硬結)、廱腫瘡毒(化膿性皮膚炎症)、牙疳(歯周炎、歯根膜炎)などを治す、とあります。

大浦 かなり厄介な病気にも効くように思われますが…。

董和 ちょっと専門的になりますが、外感発熱(表証=熱邪)にも効くし、湿熱黄疸(裏証=熱毒)にも効く。また、マラリア(寒熱往来あり)に効くということは半表半裏の証にも効くということですから、馬鞭草は表証~半表半裏証~裏証、すべてに対応すると考えられます。さらに炎症性(毒)のジフテリア、喉痺、廱腫瘡毒、牙疳などにも解毒効果を有するというのですから、新型インフルエンザに対してもかなりの効果が期待できると考えています。

大浦 馬鞭草だけでもこうした効果があるわけですが、これにいくつかの生薬を併用するとさらに効果が高まるそうですね。それについては次回、詳しく説明していただくことにします。